台湾と日本は、苦難の歴史をのり越え、「友だち」といえる親密な関係を築いた。「ふたり」がともに歩んでいくために何が必要か。出会いやたどってきた道と向き合い、「友だち」がどんな未来をつくろうとしているのかを考える。台湾と日本は、その間に苦難の歴史があったにもかかわらず、今は「友だち」といえるほど親密な関係を築いています。「ふたり」がこれからもともに歩んでいくためには何が必要でしょうか。「ふたり」の出会いやたどってきた道と向き合い、「友だち」がどんな未来をつくろうとしているのかを考えます。
はじめに―なぜ台湾は「友だち」なのか―
1.台湾のプロフィール―「友だち」はどんな「人」なのか―
(1)「行きたいところ」,「好きな国」
(2)台湾は「南の小さい島」?
(3)車内アナウンスは4種類
(4)スマホのなかの「Made in Taiwan」
(5)日本より進んでいる女性の社会進出
(6)日本と国交がないのはなぜ?
2. 日本統治期の台湾―「ふたり」はなぜ出会ったのか―
(1)なぜ日本人はやってきたのか―1895年?1910年代―
(2)植民地とはどんなところか―1910年代?20年代―
(3)「霧社事件」はなぜ起こったのか―1930年代―
(4)皇民化政策とは何か―1937年?45年―
3. 戦後の台湾社会―「友だち」はどんな道を歩んできたのか―
(1)戦後の台湾社会で何が起こっていたのか―1945年?47年―
(2)台湾社会はなぜ民主化できたのか―1950年代?90年代―
(3)戦後の台湾社会と日本はどんなつながりがあったのか
4. 現代の台湾社会―「友だち」はどんな明日を迎えるのか―
(1)自分たちの歴史をどうとらえようとしているのか
(2)どんな社会をつくろうとしているのか
おわりに―「ふたり」がこれから歩く道とは―
胎中 千鶴[タイナカ チヅル]
著・文・その他